大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1490号 判決 1975年3月28日
控訴人
花房よの子
右訴訟代理人
桑嶋一
被控訴人
上田養豚株式会社
右訴訟代理人
吉田隆行
主文
原判決を取消す。
控訴人と株式会社上田養豚間の大阪高等裁判所昭和四六年(ネ)第四三九号(第一審京都地方裁判所昭和四五年(ワ)第一、六八六号)損害賠償請求控訴事件の判決につき、京都地方裁判所の書記官は、被控訴人に対する強制執行のために、控訴人に執行力ある正本を付与せよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
当事者間に争いない事実、本件事実関係についての当裁判所の認定、判断は、つぎの変更を加えるほか、原判決の理由欄冒頭(五枚目裏一行目)から同五項末尾(八枚目表一〇行目)までの記載と同一であるので、これを引用する。
(一)、原判決六枚目表九行目に、「被告会社を設立し、」とあるのを、「被控訴会社を設立した形式をととのえ、」と改め、
(二)、同七枚目裏九行目から一〇行目にかけて、「法律上別個の法人格を有するものであるが、」とあるのを、「商業登記簿上別個の法人として登載されているが、」と改める。
そこで、以上の事実関係に基づいて、以下本件執行文付与の訴の当否について判断する。
一多額の債務を負担している会社の役員らが、その会社の事業や資産を維持温存しながら、その債務の支払いを免れようと企て、その手段として、新会社設立の形式をととのえ、旧会社の営業と資産のほとんど全部を新会社に引き継ぎ、旧会社を従来の債務はそのまま負担するがその支払能力はない状態にした場合には、新会社が旧会社と商号、資本、社員、役員の構成、営業内容等について多少相違していても、その主要部分については両者共通で、新会社は実質において旧会社と同一でその継続であると認められる限り、一人の自然人が不正な目的、方法で在来の戸籍上の所載とは全く別個の人格として戸籍上の新な登載を受けて二重戸籍を取得した場合と同様に、旧会社と新会社とは連続した全くの同一法人格で、ただ商業登記簿上で二重の登載を受けているにすぎず、旧会社とは別個の法人格としての新会社は設立されていないと解するのが相当である。けだし、このように、当初から既存の会社の債権者を詐害することを主要な目的とし、右違法且つ著しく不当な目的を達成する手段として会社の設立を企画した場合には、たとえ定款の作成に始まり設立登記に終る一連の会社設立の手続が適法に履践されても、右設立行為は全体として仮装行為にすぎず、会社の設立は無効であると解することができるし、旧会社の役員でない者が新に新会社に出資してその設立手続に参加しても、その者は自らの故意又は過失によつて違法な会社設立に参画した者としての責任を負わされるのは当然のことであるし、また、この場合には、設立無効の新会社に代つて責任を負う旧会社が終始存続しているから、訴によることなく新会社の設立を否定しても、第三者に不測の損害を被らせるおそれは少いからである。
このように、旧会社と新会社が連続した同一会社と認められる結果、商業登記簿上の新会社についての登記事項は、法令、条理等の許す限度において、旧会社の登記事項についての変更登記として合理的な読み換えをするのが相当であり、新会社の事実行為、法律行為はすべて旧会社のそれとみなされ、旧会社と新会社は全面的に権利義務を共通しているから、旧会社に対して給付を命ずる判決は、その確定の時が新会社の設立登記時の前であると後であるとにかかわりなく、新会社の資産に対して強制執行をすることができるのは理の当然と云うことができる。
二本件の場合について考えるに、前示の事実関係によると、株式会社上田養豚(以下旧会社と云う)は、控訴人との間の交通事故による損害賠償請求訴訟の被告として第一審である京都地方裁判所で五三三万余円の支払いを命ずる判決の言渡を受け、これに対して控訴し、控訴審係属中、同会社の役員らは、第二会社を設立してこれに旧株式会社の資産、営業を譲渡する方法により、同会社の資産、営業を温存しながら前記損害賠償債務その他の同会社の債務の支払いを免れ、事業の維持、継続、発展を計ろうと企て、新に事情を知悉している清水源一から金一、〇〇〇万円の出資を受け(同人が事情を知つていたことは前認定の同人と旧会社役員らとの間の親族関係および同人が右出資に先立ち旧会社への投資方を懇請されて、その債務過多を理由に拒絶した事実からこれを認める。)、他からも融資をうけて、被控訴会社を設立し、これに前記旧会社の資産、営業の全部を譲渡したが、右旧会社と被控訴会社とは実質において同一の会社であると認めることができるから、前記のように旧、新両会社が連続した同一法人格であつて二重の登記を受けているにすぎないと認めるべき典型的な事例であつて、旧会社に対して金銭の支払いを命じた前記損害賠償請求控訴事件の控訴審の確定判決は、当然に被控訴人に対しても強制執行をすることができる。
三つぎに、右の場合の強制執行のための執行文の付与は訴をもつてするのが相当であるかどうかについて判断するに、民訴法五二一条は、同法五一八条二項および五一九条により必要な証明をするこことができないときには、訴をもつて執行文の付与を求めることができる旨規定していて、同一人格について戸籍簿や商業登記簿に互に相異なる別個の人格として二重の登載がされているときに、その一方の名義を債務者とする給付判決を他の名義のものに強制執行しようとする場合そのものに関する直接の規定ではないけれども、右の相異る名義をもつて表示された名義数においては複数の人格が真実には単一の人格であることは、通常の場合には、裁判所において明白ではなく、また、債権者が戸籍謄本、商業登記謄本その他の証明書のみをもつて証明することができない事項であるし、更に、裁判所が簡単な当事者の審訊で判定するには余りに重大な事項であるので、同法五一六条二項や五二〇条によつて執行文を付与すべき場合には該当しない。結局、同法五一九条一項後段、五二一条を準用して、債権者の執行文付与の訴をまつて、両者が同一人格であるかどうかを審理し、その同一人格であることの証明があつた場合にはじめて執行文を付与するのが相当である。
本訴は、債務者を株式会社上田養豚とする確定給付判決の債権者である控訴人が、右判決を被控訴人に対して強制執行するために執行文の付与を求めた訴であつて、右旧会社と被控訴人は同一法人格で商業登記上別個の法人格として二重の登載を受けているに過ぎないことは既に判示したとおりであるから、控訴人の右訴は相当として認容すべきものである。
以上の当裁判所の判断と異る原判決を失当として取消し、控訴人の訴を認容し、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(長瀬清澄 岡部重信 小北陽三)